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第四部:倒れるバビロン2

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  政治連合と堕落
 
  政治連合と堕落:「すべての国民は、彼女の姦淫に対する激しい怒りのぶどう酒を飲み、地の王たちは彼女と姦淫を行い」(黙示録18:3)。

聖書は、神様の裁きを受けてバビロンが倒れる理由の二つ目として、それが政治的な堕落のためであると語っています。黙示録18章3節は、国家と政治を象徴する「すべての国民」「地の王たち」という表現を用いています。その国々と政治が、バビロンの勢力と連合し、その上、バビロンの「怒りのぶどう酒」(誤った教理や福音)に同意し、それを後援(彼女と姦淫を行い)することによって堕落し、倒れてしまうことが表されています。バビロンが与える姦淫のぶどう酒に“すべての国民が酔いしれている”状態になり、バビロンと政治的な勢力が一体となって、悪の杯が満ち、ついにはバビロンと共に、倒されてしまうのです。

黙示録17章にも、同じようなバビロンに対する描写があります。

七つの鉢を持つ七人の御使のひとりがきて、わたしに語って言った、『さあ、きなさい。多くの水の上にすわっている大淫婦に対するさばきを、見せよう。地の王たちはこの女と姦淫を行い、地に住む人々はこの女の姦淫のぶどう酒に酔いしれている』。・・・そこでひとりの女が赤い獣に乗っているのを見た。その獣は神を汚すかずかずの名でおおわれ、また、それに七つの頭と十の角とがあった。・・・その額には、一つの名がしるされていた。それは、奥義であって『大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母』というのであった。わたしは、この女が聖徒の血とイエスの証人の血に酔いしれているのを見た。この女を見た時、わたしは非常に驚きあやしんだ。・・・『あなたの見た水、すなわち、淫婦のすわっている所は、あらゆる民族、群衆、国民、国語である』」(黙示録17:1、2、3、5、6、15)。

この箇所では、淫婦として象徴されたバビロンと、地の王たちは、姦淫を行ったと描写されています。また、大淫婦バビロンは、赤い獣に乗っている女として描写されています。そして、女、すなわち淫婦が乗った獣は、神を汚すかずかずの名でおおわれて、七つの頭と十の角があります。黙示録を解釈する時の獣は、《国家、王、勢力》を象徴します。それゆえ“女が獣に乗っていた”という表現は、堕落した宗教(教会)が、国家や王と連合していることを意味します。つまり、堕落した教会が国家を動かし、その権力を用いている状態を象徴しているのです。

淫婦の名‐バビロン

淫婦の額には名がしるされていますが、この名は、「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」です。この箇所からも、淫婦とバビロンは同じものであることがわかります。“淫婦”とは、品行が乱れている、純潔を失い堕落した女を指す時使う言葉です。黙示録では、教会を≪女≫として象徴しています。純潔な乙女は神様の清い教会を表し、淫婦は堕落した教会を表します。

それでは、この淫婦正体は何でしょうか?聖書には、この淫婦の特徴を説明する箇所がたくさんあり、そこから私たちは、容易にそれが何を意味するかを知ることができます。この淫婦は、大いなるバビロン、すなわち、あらゆる混乱-おびただしい偽りの福音や教理、そして誤びゅうの集合体である堕落した教会を表し、また、淫婦の母と呼ばれているように、堕落した教会のかしらであることが分かります。つまり、黙示録17章5節を通して、私たちは、バビロンには母のような女(教会)がいて、そのバビロンに従う娘たちがいることがわかります。

  さらに6節では、この女、淫婦が「聖徒の血とイエスの証人の血に酔いしれている」と描写されています。これは象徴ではなく、そのままの意味としてとらえることができます。つまり、聖徒の血を流しイエスの証人たちの血を流して迫害した、堕落した教会ということです。キリスト教史を見れば、この淫婦が何であるか、その正体を知ることはそれほど難しくありません。キリスト教史を見れば、主のみ言葉を正しく信じ、聖書の真理をそのまま信じる者たちを、宗教裁判や異端審問によって迫害し、数多くの殉教者を作り上げた教会がありました。聖徒の血とイエスの証人の血を流して、その血に酔いしれた教会の勢力とは、人類の歴史においてただ一つだけです。その勢力とはまさしく、ローマ教皇権です。

  もちろん、この教会の中には、真実で誠実な神様の聖徒が大勢いて、彼らすべてを淫婦と呼ぶのではありません。バビロンや淫婦という名称は、その組織や、彼らによって作られた様々な非聖書的な教理を指しているのであって、真実で誠実な聖徒を指しているものではありません。しかし、黙示録が教えるこの淫婦の行動と姿は、まさしく、この組織に当てはまる事は否定できません。

  前教皇べネディクト16世は、全世界の監督たちへ送り出す教書の中で“ひとつはっきりするべき事実は、ただひとつの聖なる教会であるカトリックは、他の使徒教会などと姉妹ではない。カトリック教会はもろもろの教会の母だからだ。”と言いました。(ディリー・テレグラフ、2000年9月4日)このようなカトリック教会の宣言は、黙示録17章5節の預言を確認させるものです。

  女(淫婦)がすわっている多くの水

  聖書は霊的バビロンが、「多くの水の上にすわっている」と説明しています。この表現は、バビロンが多くの「民族、群衆、国民、国語」から支持を受ける教会であるという意味を持っています(黙示録17:15参照)。おびただしい信徒数と、全世界的な勢力、多くの人々に人気のある教会です。やがて、教皇権が各国の政治に影響力を持ち、その政治的な権力を利用して、自分たちの宗教を押し付け、強要する勢力に変わっていき、結局その勢力が最後の時代には、神様の真理に敵対して、神様の民を迫害することになるでしょう。

  獣の刻印を強要する背後の勢力、バビロン

  聖書には、最後の時代になると一つの勢力が現れ、神様の民を迫害するようになると預言されています。そして、預言をよく研究してみると、その勢力は宗教的な勢力ですが、政治の力を借りて、迫害を行うようになることがわかります。この勢力は、獣の像を造り、獣の刻印を強要するようになり、これに従わない者を殺すようになるのです(黙示録13:11~18);17:11~15)。

  黙示録18章で、「大いなるバビロンは倒れた」と宣言されていることは、その“罪が積り積もって天に達して”いると御使いに警告されている、バビロンの悪行と深い関連性があります。この事をもっと学んでいきましょう。

  地から上って来た獣

 「わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。そして、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませた。・・・地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。また、小さき者にも、大いなる者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。この刻印はその獣の名、または、その名の数字のことである」(黙示録13章11~17節)。

  この聖句では、地から上って来た“ほかの獣”は、人々に強制して“先の獣”を拝ませる勢力となることを預言しています。では、この地から上って来た“ほかの獣”とは何でしょうか。聖書の預言の解釈では、獣は“国”を象徴します(ダニエル7:23参照)。また、預言での水は、“人々”あるいは“国民”を象徴します(黙示録17:15)。そうすると、この国は、多くの国民、人々の間から紛争などを通して誕生する国家ではなく、水とは反対の、地、すなわち、人口の少ない所から誕生する国家であることが想像できます。

  ヨハネの黙示録12章には、天から追い出されたサタンと、イエス・キリストの間で繰り広げられる大争闘が描かれています。サタンの勢力は神様の教会を迫害しようと追跡し、神様の教会は、迫害を避けて急いで逃げていく場面が描写されています。戦いの中で「女は荒野へ逃げて行った。そこには、彼女が千二百六十日のあいだ養われるように神の用意された場所があった。・・・へびは女の後に水を川のように、口から吐き出して、女をおし流そうとした。しかし、地は女を助けた。すなわち、地はその口を開いて、龍が口から吐き出した川を飲みほした」(黙示録12:6、15、16)。

  聖書で、女は神様の教会を意味します。それでは、迫害される女(神様の教会)を助ける地とは何でしょうか?“ほかの獣”(13章勝11節)が出現する場所でもあるこの“地”は、宗教暗黒時代(中世時代)が終わる頃、教皇権からの迫害を避けるために逃げ出す神様の民を助けようと現れた“土地”のことです。つまり、“地”が“川”を飲みほしたというのは、龍(サタン)が水(人々)で教会を流そうとした時、人跡まれな“地”が現れて、神様の民の逃れの場となる役割を果たしたという意味です。

  中世期に宗教的迫害を避けるため、メイフラワー号や、ほかの船に乗って移住して来る清教徒たちと、他のプロテスタント教徒たちの避け所となり、再び宗教の迫害なしに、礼拝と信仰の自由をもって生活できる地を提供した国は、どこの国だったでしょうか?人々の多い地域から紛争を通して建てられた国ではなく、人口の少ない荒れ地のような“地”を発見して移住し、開発して建てられた国はどの国でしょうか?世界史は、このような条件を満足させる国は唯一であることを明らかにしています。その国はアメリカです。それゆえ、地から上って来た“ほかの獣”もまたアメリカです。(このアメリカの役割についての詳細は月刊誌『生き残る人々』48号参照)。

  先の獣とは?
 
  さらに預言を学んで見ると、迫害されていた神様の教会を助ける地であった新大陸、宗教自由を政策とする小羊のようなアメリカが(黙示録13章11節)、将来“龍のよう”に物を言うようになることが書かれています。この龍のように物を言うアメリカは、預言の中では、ある重要な役割を果たすことが分かります。それは、“先の獣の持つすべての権力をその前で働かせ”“地と地に住む人々に、先の獣を拝ませる、”ことです。“拝ませる”ことは、礼拝と関係のある宗教的な意味があります。それゆえその役割は、“礼拝”を強要することになります。それでは、“小羊のような獣”が拝むように強要する“先の獣”とは何でしょうか?黙示録13章1~5節に描写された、この獣についてまとめてみましょう。

  「わたしはまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た。それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた。わたしの見たこの獣はひょうに似ており、その足はくまの足のようで、その口はししの口のようであった。龍は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた。その頭の一つが、死ぬほどの傷を受けたが、その致命的な傷もなおってしまった。そこで、全地の人々は驚きおそれてその獣に従い、また、龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、さらに、その獣を拝んで言った、『だれが、この獣に匹敵し得ようか。だれが、これと戦うことができようか』この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた」。

  ◆ 先の獣の特徴

海から上ってくる:預言上では、多くの人々のいる所から上ってきて、頭は七つで角は十本、その十の角に冠がある獣。

 四つの帝国の特徴を全部持っている:ダニエル書7章に出てくる四つの獣(ひょうの体、くまの足、ししの口、龍から授けられた権威と力)の姿と特徴を持った獣。

 龍が権威と位を与えた獣。
・ 神様の民を1260年間迫害した勢力。
 口を開いて神様を汚す勢力。
 死ぬほどの傷を受けた獣。
 全世界の人々から拝まれる獣。

  この先の獣が何であるかを知るためには、ここに列挙した特徴に当てはまる勢力を、歴史から探してみなければなりません。四つの獣の姿を全部合わせた姿をしているこの獣の正体を知るためには、黙示録の、この預言と関連性のある、ダニエル書7章に出てくる四つの獣について注意深く調べる必要があります。「この四つの大きな獣は、地に起らんとする四人の王である」。・・・「第四の獣は地上の第四の国である」(ダニエル7:17、23)。研究してみると、黙示録のこの“先の獣”は、ダニエル書7章に出てくるバビロン、ペルシア、ギリシア、そして神の民を迫害したローマ帝国の権勢と性格を総合的に持った勢力であることが分かります。(四つの獣に対する詳しい内容は『生き残る人々』33号、16号参照)。

  この“先の獣”は神の民を迫害し、口を開いて神を汚し、 地に住む人々に拝まれるようになります。拝まれることを要求する宗教的な権力を持っていて、龍のような国として象徴された異教ローマ帝国から、力と位と権威とを受け、聖徒たちを迫害し、大言を吐き汚しごとを語ります。このような特徴を持つ“先の獣”とは、すなわち、罪を赦す権威を持っていると主張し、神の代理者だと自ら名乗る、ローマ教皇権にほかなりません。

  獣の像を造り獣の刻印を強要するアメリカ

 「わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。そして、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませた。・・・つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた」(黙示録13:11、12、14)。

  黙示録に書き記された神様の預言は、アメリカが、やがて小羊のような精神を捨て、中世期のローマ教皇権が、ヨーロッパ全土を圧迫したその精神を表し、最後の時代には、神様の聖徒を迫害する勢力として変容するようになると警告しています。“小羊のような二つの角”があるけれども“龍のように語る”という意味は、当初は、政治と宗教の分離を原則として建国されたこの国が、将来、国家と宗教が結合した宗教政治を行うことを表しています。

  それでは、どうしてそのようなことが起こるのでしょうか?聖書には、最後の時代に、“先の獣”と“ほかの獣”が協力し合って迫害を実行するようになる場面を、このように語っています。

 「・・・先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まないものをみな殺させた」(黙示録13:14、15)。

  この言葉は、小羊のような姿をしていた獣から出た、宗教と政治が合体した国家が、全世界の政治権を掌握して、この国家が追求する宗教的理想像、宗教原則に従わない者は誰であっても、迫害と死に直面することを教えています。偶像を拝むように強要されることは、ダニエル書3章に、ダニエルの三人の友人たちが、ドラの平野に建てられた、金の像を拝むことを要求された話と関係があります。さらにこれは、中世暗黒時代に、神の真理を密かに保ち続けたワルド派の人々が受けた迫害や、宗教裁判、異端審問などによって、神の聖徒たちが殉教していった事をも象徴しています。その時代は、ローマ教皇権が、全世界を、カトリックの教えを信じるように弾圧していました。

  ◆ 獣の像

 “先の獣の像”(黙示録13:14)とは何でしょうか?それは具体的な像と言うより、その“先の獣”の絶対支配、権力や地位を象徴するものとなるでしょう。黙示録13章の“先の獣”として表されている教皇権が、中世暗黒時代に行っていた事を、そのまま引き継いているということです。そして、最後の時代には“ほかの獣”として描写されたアメリカが、中世時代に教皇権が行ったように、同じような方法で神様の聖徒たちを迫害する勢力として登場し、獣の刻印を強要して、従わない者を殺すことまで行うのです。

  それでは、本来、民主主義国家であるアメリカが、どのようにして、バビロンとして表される教皇権と政治的に結託して、その指示通り獣の像を造り、獣の刻印を強要するのでしょうか?そのようなことは、何かの契機を通して、アメリカが専制主義や独栽的な性格を帯びた国家システムを持たない限り不可能なことです。しかし、今回迫った経済危機を通して、アメリカが独裁主義的な政府として、新たに生まれる可能性があります。

  いずれにせよ、聖書の預言は、“先の獣”、すなわち、バビロンとして表わされた教皇権が、“ほかの獣”であるアメリカの政治の力を利用して、全世界的に、神様の戒めに敵対する内容の獣の像を造り上げ、獣の刻印を強要させて、あらゆる人が像を拝むように強要することを教えています。

 

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